こんばんは
木曜日や昼休みに患者さん宅や施設に往診に行かせて頂いているのですが、最近手に入れたのです、八尾で最強の移動手段を。
そうそれは「チャリ」です。
「チャリ」といえば八尾に限らず大阪のおばちゃま方の最強移動ツールです。
いやーほんとに便利です。
車で往診に行くと道幅や駐車場所に苦労するんです
それらをマルっとスリッと解決してくれるのが我らが「チャリ」
別にダイワサイクル(八尾にやたらとある笑)の回し者ちゃいますよ。
チャリでクリニックから往診先の自宅に移動してたら
幼き西本少年が通ったことのある懐かしロードをたくさん通るんですよ(祖父母が河内山本のあたりに住んでいたから)
チャリを漕ぎながら、「うわー懐かしい」と心で何度呟いたことか。
どうにも懐かしくなって、往診途中に祖父母が生前住んでいたところまで行ってみました。
今はもう別の人が住んでいて、家は跡形もないですけど
行ってみる色んなことを思い出すんもんですね、うっすらとした記憶で小学生ぐらいの時に姉とよくこっち側に歩いて散歩していたなとか。
ちょっと脱線して、そういう道にも進んでみたんですよ。
建ってる建物は違えど、なんとなく風景は当時のまんまでした。
脳内はカントリーロード祭りですよ、エンドレス:カントリーロード再生。
そんなこんなをしていたら祖父とのおそらく最後の会話だったような気がする内容も思い出してきて。
祖父は私が大学2回生の時に他界したのですが(祖母は小学校2年生の時に他界しました)
肺炎で入院するとなって搬送先の病院の救急の処置室で
「大ちゃん今は大学で何してるんや、解剖か?」
と祖父が聞いてきたことを何故かすごく鮮明に覚えています。
その後軽快することもなく、ほとんどまともに会話もできない状態になってしまったので、それが最後の会話だったように思います。
八尾で働くようになってLINOASの誘致している店舗の内容の濃さに結構感動していたのですが
スタッフから「あれ、西武の跡地ですよ」と聞かされ、大学に入りたての頃に祖父と当時の西武百貨店にトンカツを一緒に食べに行ったことも思い出したりして。
その時にお小遣いって言いながら「5000円」渡されたんですよ。
一旦は断ったんですけどね、いいからもらっときって言われてその5000円は結局もらうことにしたんです。
当時、「多分これは祖父からもらう最後のお小遣いになるんちゃうかな」ってなんとなく思って、使わずに置いてたんですよね。
結局その予感は的中して、、今もその5000円は使わずに封筒に入れて保管しています。
祖父は私が大学2回生の時に亡くなったので、あと4年ぐらい寿命がないと私が医師になった姿はみせれなかったんですけど
みせてあげたかったなと思いますね。
なんなら今も生きていてくれて八尾で働くことになったよって直接伝えたかったです。
西本少年も西本青年も当時は八尾で医院をするなんてそんなこと微塵も思ってなかったですからね。
当時の自分に言っても多分信じないでしょうね笑
不思議な縁を感じます、ほんとに。
自分で書いててなんですけど、ちょっとうるっとしながらこの文章を書いてます笑
それではおやすみなさい。