こんばんは
我が家にはこのブログでもちょくちょく登場する長男がおりますが
長男の誕生は不妊治療を経てのものでした
結婚当初から不妊の可能性があることはわかっていたので
入籍後、割とすぐに不妊治療を開始することになりました
不妊治療はゴールが見えないので何ヶ月か経つと
特に女性側が落胆し始めるものです
実際妻も何ヶ月か経つと月経が来るたびに落ち込んでいたように思います
私は変に楽観的な部分があるので
結婚前から仮に子どもができなくても
夫婦二人で歩んでいけばいいかなぐらいに気楽な気持ちで構えていました
結婚後2ヶ月弱で高知の病院に派遣されたので
1年間は単身赴任生活だったこともあり
なかなかできんだろうと考えておりました
深刻に考えてそれがストレスになったらできるものもできんだろうと考えていた部分もありましたね
単身赴任中は週末に帰阪することが多くて
妻が伊丹空港まで車で迎えに来てくれてたんですよね
10月ごろに迎えに来てくれた時に
「トイレに行くから車に乗っててー」
と言われて車に向かうと車内に手紙が置いてあって
確か検査薬もあったと記憶してますが
「ついに私たちのところにも赤ちゃんが来てくれました」
的なことが書かれていました(曖昧)
あの時は泣きましたね笑
車外に出て戻ってくる妻を待ちながら一人で泣いていたような気がします
諦めていたわけではないですが、できなかったらできなかった時と
開き直っていた部分もありましたし
でもやっぱり潜在的な部分では欲しかったんでしょうね
そういう気持ちが涙になって現れたんだろうと今になったらそう思います
長男が生まれた後は
私はもう一人来てくれただけで十分と思っていましたが
母親になるとやはり二人目が欲しくなるようで
妊活の第2ラウンドが始まるわけです
これが1回目よりも中々できなくて
この時もまあもう時の流れに任せようと思っていたわけですが
この時も諦めた頃に2人目が妻のお腹にやってきてくれました
でも、人生はまあそう簡単にいかないもんなんでしょうか
妊婦健診で胎嚢は確認されるも心拍が確認できず
結局流産という悲しい結末になってしまいました。
たまに患者さんに私の左手の数珠について聞かれることがありますが
この数珠は水子供養をして頂いたお寺でいただいたものです。
この後も不妊治療は続くわけですが
治療の妻への身体的な負担が大きくなり
夫婦で話し合って無理な不妊治療はせず
自然な流れに任せようという結論に至り不妊治療は中断することになりました
不思議なもので中断したことで流れが変わったのか
検査薬が妊娠を示しました
そして、産婦人科に行って
なんとですね
「双子でした」
産婦人科から出てきた直後に妻から
「双子だった」
と聞かされた時の私の第一声は
「嘘やろ?またまたご冗談を」
的な発言だったので、本当に驚きましたね笑
父親になれなくてもそれはそれで人生だと
受け止めていた男のところに
子どもがもうすぐ同時に2人もやってきてくれるんですから
人生って本当にわからんなと
あんまりスピリチュアル的なことは信じませんけどね
あの時会えなかった2人目の子が今度こそは生まれてきたいと思って
双子の片割れになって戻ってきてくれたのかなと少し思ったりもします
(こういう考えは科学的ではないので医者が言うと怒られるかもしれないですけどね)
そして、不妊治療を経験したことも流産を経験したことも精神科医としてこれからもやっていく上では
きっと貴重な経験となるだろうなと思っています
このまま順調にいけば今年の5月中旬ごろに双子が誕生し家庭内は激動の時代を迎えると思います
長男の送迎も私がする可能性があり、午前の診療開始時間が少し変更になる可能性もございます
その際には皆様にもご迷惑をかけるかもしれませんが何卒ご理解いただけますと幸いです
診療時間に変更が生じる場合はおってお知らせいたしますのでよろしくお願いいたします
PS
双子の性別はW女子でした。